怒ったってお子様がしあわせになればそれでいい。

2018/11/06

こんにちは。

お母様方におかれましては、日々子育てに奮闘中、日々後悔、日々喜びなどをお感じのことかと思います。

いやいや、それどころじゃない、忙しすぎて目が回り、ようやく床について一日が終わる

なんて方もきっと沢山たくさんいらっしゃるのでしょうね。

 

私は日々、『ご家庭支援』という言葉を、

それこそ『愛』という言葉の意味を考えるかのように、

ある日は哲学者、ある日は考える前に行動していたりと、そんな日々を過ごしています。

 

そして私が良く保護者様とお話している中で出てくる保護者様の苦しみは

十人十色ではあるのですが、

代表的なお悩みがいくつかあるので、今日はその一つについて、お話したいと思っています。

 

怒ってしまった、怒ってしまうと苦しんでしまう保護者様のなんと多いことか。

逆に言えば、世の教育者や世論などが「大人が怒ること=体罰」という風潮を作ってしまったのだ

なんて、私は思ってしまったりします。

 

ただ良く考えてみて欲しいのです。

ひとのしあわせについて。

しあわせかどうかは誰かが決めることではありません。

最終的にしあわせであるかどうかはそのお子様が決めます。

(あるいはしあわせであったかどうか)

私の母も世間のお母さま皆様と同様に、ヒステリックに怒ることがありました。

ですが、私は今、しあわせで仕方がありません。

母にひとかたならぬ愛情を持って、感謝をしています。

 

しあわせになりたい。

これは人間として生きる者のすべての願いです。

0歳児から老人に至るまで、みなしあわせでいたいのです。

みな、「どうしたらしあわせになるんだろう」と一人ひとりが模索しているのです。

そして、家族というのは互いのしあわせを願うグループです。

 

 

子のしあわせを想うあまり、疲れのあまり、なんでも良いのです。

お母様が怒ったって良いじゃないですか。

もちろん、怒りすぎや体罰などはご存知の通り悪い影響を与えることもあります。

だけれども、しあわせを願うからこそ、

お母様は時々ヒステリックになり、

日々子育てに疲れてしまうからこそ、

お母様は怒りに身を任せる。

それで良いのではないかと私は思っています。

 

要は、

後からお子様がしあわせになるために、

お子様自身がお母様が叱り、褒め、怒り、笑っていたことから、

学べばいいんです。

 

学ぶのはお子様であり、保護者様です。

怒りすぎたら反省。それでいいのでないのでしょうか。

完璧であろうとしたら、誰だって苦しい。

人生は苦しむよりも、自分らしく笑っていた方が楽で楽しいと思います。

 

私も学びます。

すべてな人間に通じる正解が欲しいのではありません。

私にとっての正解は、私はご家庭のお役に立つこと、そのことです。

その為に今日も気楽に、いやいや大真面目に(笑)、学び続けております。


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