私の師と私

2018/10/12

 

 

昨日の晩、私の大学時代の恩師が逝ったという話がメッセージで飛んできた。

正直仲も悪かったし、私も相当クソ生意気で自己中な大学生だったので、

しかも当時の師と敵対するような大学院に進学したものだから、

それは相当に私は彼が嫌いだった。

 

ところがだ。亡くなったと聞いて、何やら人知れぬ寂しさが募っている。

 

私はずっと、彼が嫌いだった。(と思っていた。)

私の可能性を否定し、私に行きたい道を薦めなかった彼を、

明らかに私に苛立ちを感じ、それを隠しもしなかった彼を、

私はずっと、嫌いだった。(と思っていた。)

いちいち頭を抱えながら、私の意見を論破してきた彼を。

 

けれども。

 

今、私の中に強烈な孤独が渦巻いている。

頭を抱えながら、否定され、論破され続けたことで、

私は明らかに論理的になり、私は明らかに成長していた。

今でも思考力を武器だと思っているし、それはそのあとも成長していったけれども、

私の小さな小さな、論理的思考の芽を育ててくれたのは、

紛う事無く、彼だった。

そしてその能力は今の私の基礎になっている。

 

彼は私の一部になっていたのだ。(いつのまにかなのだけれど。)

自分の一部、こころが底なしになったかのような、

暗くどこまでも闇が広がっていくような、

私の一部がどこか闇に消えていくかのような、

そんな想いがずっと続いている。

 

私はそんな先生になれるだろうか。

子どもたちの人生の一部でいるような、

子どもたちにかけがえのないものを育てているだろうか。

そういう人間でいたいと今、素直に思う。

 

大庭先生、出会って育てていただいて、

とってもとってもムカつきました。

でも、今はなんだか泣きそうです。

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 


PAGE TOP